そうしないことはありえたか? 自由論入門

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[2022年9月/四六判/320頁/]
著=高崎将平
発行=青土社


目次:
序 章 なぜ自由を哲学するか?
1 運命と決定論
2 私たちの活動は因果連鎖のチェーンにすぎないのか? – 因果的決定論
3 なぜ自由は私たちにとって重要なのか? – 自由のニヒリズムに応答する
4 責任、非難に値すること、称賛に値すること
5 自由と決定論は両立するか? – 論争の整理
6 本書の方法と構成

I 自由の二つのモデル
第1章 そうしないことはありえたか? – 自由の他行為可能性モデル
1 分岐道を選ぶ自由 – 自由の他行為可能性モデル
2 他行為可能性と責任 – 他行為可能性原理(PAP)の定式化
3 他行為可能性は責任に必要か? – 「フランクファート型事例」の衝撃
4 行為者に他行為可能性は存在したか? – フランクファート型事例に対する反論(1)
5 行為者は何をするべきだったのか? – フランクファート型事例に対する反論(2)
コラム1 現代版のフランクファート型事例 – ペレブームとジネットの論争

第2章 自由とは「自らに由よる」ことか? – 自由の源泉性モデル
1 自由の源泉性モデル
2 欲求を反省する能力 – フランクファートの二階の意欲説
3 人間であること、自由であること
4 なぜ二階の意欲が特権視されるのか? – 二階の意欲説に対する反論(1)
5 意志の弱さという現象 – 二階の意欲説に対する反論(2)

II 自由と決定論の両立可能性
第3章 決定論は自由の余地を無くすのか? – 帰結論証の検討

1 「決定論」とは何か? – 厳密な定義
2 自由を厳密に論証する – ヴァン・インワーゲンの帰結論証
3 「できる」の概念分析 – 古典両立論
4 「できる」は「ならば」で分析できるか? – 古典両立論に対する批判
5 「できる」を傾向性で分析する – 傾向性両立論の検討
コラム2 帰結論証の厳密な定式化と、マッケイとジョンソンによる反論

第4章 私たちは操り人形にすぎないのか? – 源泉性モデルへの挑戦
1 決定論のもう一つの脅威 – 自由の源泉性モデルへの挑戦
2 操作、決定論、そして責任 – 操作論証
3 操作に固有の特徴は何か? – 両立論からの穏健な応答の検討
4 操作された行為者も責任を有する? – 両立論からの「強硬」な応答の検討

第5章 「運」は自由を脅かすか? – リバタリアニズムの検討
1 リバタリアニズムとは何か
2 非決定論と自由な行為 – ケインの出来事因果説
3 運の問題 – 非決定論的な行為は「単なる運」にすぎないのか?
4 なぜ「運」は自由を減じるか?(1) – 「コントロールの欠如」からの議論
5 なぜ「運」は自由を減じるか?(2) – 「対比的説明の不在」からの議論

第6章 「自由なき世界」の可能性 – 楽観的懐疑論の検討
1 懐疑論は私たちの生に何をもたらすのか?
2 刑罰、応報主義、そして自由
3 刑罰を正当化する – 帰結主義的な正当化
4 加害者を隔離すること – ペレブームの「隔離モデル」
5 隔離モデルへのいくつかの批判
コラム3 「自由」の信念は実践的に重要か? – 実験心理学からの議論

III 自由と責任のつながりを再考する
第7章 怒りと責任 – ストローソンの責任理論
1 反応的態度
2 なぜ決定論は責任への脅威とならないのか?
3 反応的態度は人間本性にとって本質的か? – ストローソンへのいくつかの批判
4 マッケンナの「責任の会話理論」

第8章 「責任」のレンズを外して自由を探求する
1 責任ファーストの自由論
2 自由の価値の多面性 – 自己表現、人生の意味、愛
3 新しい自由論の可能性

あとがき

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